February 2007

February 02, 2007

「産む機械」綸言汗の如し

2007131ネットを拝見していますと、柳沢伯夫厚労相の地方講演での、女性は「産む機械、装置」との発言に、ご本人はもとより、安倍首相も、陳謝していて、「そろそろ終わっても良いではないか」とかの投稿がありますが、国務大臣を随分見くびっていますね。

 

 

 

 

憲法99条では、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」


その国務大臣は、実質的な政策立案、企画、実施、評価などで、官僚をリードするだけの実質的な政策的手腕がもとめられているのです。

柳沢伯夫厚労相は、国務大臣としての資質に欠けると申し上げているのです。

中日新聞の社説に、大丈夫なのか安倍政権からの引用。

綸言(りんげん)汗の如(ごと)し、の文句が浮かぶ。地位のある人の口をついて出た言葉は、流れる汗のように、もう元には戻らない、といった意味だ。

 柳沢伯夫厚労相が地方講演で、女性は「産む機械、装置」と口を滑らせた。すぐに「ごめんなさい」と謝って、その後も国会答弁や記者会見で「まことに不適切な表現」「女性の方々を深く傷つけた」と謝罪を繰り返している。

 しかし人口の半分を占める女性たちの怒りが収まらない。夜の繁華街でも「本気で女性を愛したことがない、女性から愛されたこともない、そういう人の発言ね」と非難の会話が交わされる“事件”になった。

綸言汗の如し

汗が一度出ると再び体内に戻らないように、天子のことばは口から出ると訂正したり取り消したりすることはできない。
一度口に出したことばは取り消せないという意味でも用いる。

綸言汗の如し

国務大臣は、天子に近い存在であって欲しいし、現実離れしているならば、理想の姿に挑戦もしくは追求していただきたいと願うのは、国際的には当然でしょう。(あるべき姿を描く。)

言葉はエネルギーです。一度発した言葉は、プラスにもマイナスにもシナジー効果を伴って作用するのです。「産む機械、装置」は、マイナスに働いたのです。

だれも、柳沢伯夫厚労相が女性に悪意を持って、あるいは差別して発言したとは思っていないでしょう。うっかり口からでた言葉が、「綸言汗の如し」、取り消せないのです。>国務大臣ですから。

感情を収めろ!と力説されても収まらないのです。正しくは、約束できないのです。

人間は行動を約束することはできても、感情は約束できない
「ニーチェ 人間的な、あまりに人間的な」

鏡の論理をご存知ですよね。
鏡に向かって、怒った顔をしたら、鏡に見える顔は、こっちを向いて怒っていますよね。微笑んだら、微笑んでいます。

柳沢伯夫厚労相がマイナス発言をされたから、今度はマイナス発言が返ってきているのです。国務大臣の発言ですから、大衆が問題視しているのです。

柳沢伯夫さまを問題視しているのではないのです。柳沢伯夫厚労相を問題視しているのです。

言った言わない論議は意味ないですよ。ご本人が陳謝されているのですから。

女性は「産む機械、装置」と喩えたことは、ご本人の意図とは違うとの指摘もありますが、「伝えた」内容は、常に「伝わった」内容と等しいとはいえません。
外国の大使館のパーティの席上では、いえない言葉でしょう?

女性は「産む機械」である、と私には伝わったのです。

しかし、テレビで観た野党が、反「産む機械」を演説されているのも、なんだか悲しくなってきますね。女性は、生殖に関する問題について自由に責任をもって管理し、決定する権利を有するのです。与野党とも、選挙ツールにせず、真剣に、「人権」を論議していただきたい。
Amnesty NEWS RELEASE 2004 APRIL

曖昧を好む、ニッポン男子は、恥ずかしいですよ。

 


現代メディアと政治―劇場社会のジャーナリズムと政治

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